<基礎知識>寺院が霊園を管理している場合のメリット


<基礎知識>寺院が霊園を管理している場合のメリットブログ:19/3/16


終戦直後、
おいらたち一家は、谷中の3軒長屋で暮らしていた。

詳しく言えば、
母親と姉貴とおいらの3人で、
父は南方戦線からまだ戻っていなかった。

当時の朝食は、
どの家もたいてい芋粥だった。

お粥の部分は姉貴とおいらが食べ、
母親はいつもサツマイモの部分を拾って食べていた。

まだ小さかったおいらは、
母親はサツマイモが好きなのだと思っていた。

そして13時のご馳走は焼芋である。
外でチャンバラごっこをしていたおいらは、
今まさに新撰組と切り結んでいる最中に、
「やきいもー」という焼芋屋の声がする。

そうなるともう新撰組もない。
おいらはあわてて家に駆け込み、
無駄でも「焼芋買ってくれ!」と母親に頼むのであった。

サツマイモばかり食べている日々なのに、
なんでまた焼芋かと言えば、
おいらたちが普段食べていたサツマイモは
「タイハク」とかいう水っぽいものなのだが、
焼芋屋の芋はホントに美味い「キントキ」だったのである。

そんなわけで、
姉貴とおいらはたまに焼芋にありつけるのだが、
母親は決して焼芋を食べることはなかった。

いつも「焼芋は胸が焼ける」「今日は食欲不振」と言って、
焼芋にかぶりつくおいらたちを見てただ笑っているだけであった。

しばらくすると、
お米もちゃんと配給になり、
菓子パンだって何時間も並べば買えるようになった。

やがて、父も南方戦線から帰って来て
おいらたちは長屋を引っ越し、サツマイモなど長屋時代の思い出は
遥か遠いものとなっていった。

姉貴とおいらにお粥を食べさせようとして、
自分はサツマイモの部分を食べていた母親。

そのくせ、お金がないためか自分だけ焼芋を食べなかった母親。
母親は一体、サツマイモが好きだったのか嫌いだったのか…

今年の中秋の名月の日には、
母親の仏前に焼芋でも供えようかとおいらは思う。

aws 見積の詳細
https://cloudpack.jp/service/aws/plan.html

ダイヤ免税店
http://loco.yahoo.co.jp/place/g-fy9Bv-YE4O6/

川元弓子におまかせ
http://work.wor9.net/s/20100205232/1008.htm

通信制高校についてのサイト
http://www.yushi-kokusai.jp/